思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

すべての人の幸せを考えなければ、自分さえも幸せにはなれない

神のパズル

ここでは「神」という言葉を使わせてもらいますが、いかなる宗教とも関係のない、ただの寓話です。

神は、私たちに「良いこと」も「悪いこと」もしてくれません。
ただ、私たちに「パズルをひとつ」を授けてくれました。
「そのパズルが解けるかどうかは、お前たち人間しだいだよ……」と。

そのパズルは、誰もが「自分の生き残りを考えている間は、絶対に解けません。しかし、誰もが「全員の幸せ」を考えるようになれば、すんなりと解けるようにできています。

ものすごく簡単なパズルなのです。

しかし、今日も人間たちは、そのパズルを解くことができませんでした。そして、神は天上から人間界を見おろして、いつものように首をひねることになるのです。

「どうして人間たちは、こんな簡単なパズルが解けないんだ……」

すべての人の幸せを考えなければ、自分も他人も、誰も幸せにはなれない

「自分が幸せでなければ、他人を幸せにすることなんてできない」というような言葉があります。「まずは自分が幸せになって心に余裕を持たなければ、真に他人の幸せを考えることはできないのですよ」といった意味なのでしょうか?

私は昔から、この考え方があまり好きではありません。
自分が幸せになったらなったで、今度はその幸せを維持するのに必死となり、他人の幸せを考える余裕なんて、ますますなくなってしまうのではないでしょうか? もっと言えば、他人は自分の幸せを脅かす存在として目に映るようになり、たとえば職場の優秀な誰かが昇進しそうになれば、その人の足を引っ張ってでも、自分の幸せを守ろうとする輩に成り下がらないとも限りません。足を引っ張られる側はもちろん幸せとは言えませんし、足を引っ張る側もそこまでして自分の生活を維持しなければならないのですから、もはや幸せとは言えないのです。そう、誰も幸せにはなれないのです。

それでは、自分の幸せは置いておいて、まずは他人の幸せを考えればいいのかというと、それも違うと思います。「まずは自分が幸せになる」とか「まずは他人の幸せを考える」とかといった、二者択一で考えてしまうと、このパズルは解けません。

自分も他人も、みんなで一緒に幸せになることを考えませんか? 
すべての人の幸せを考えなければ、自分も他人も、誰も幸せにはなれません。誰もが、すべての人の幸せを考えるようになれば、自分も他人も、誰もが幸せになれるのです。

------ 終 ------

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