思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

「自分の身は自分で守る」ではなく「皆と協力し合って生きていく」

「自分の身は自分で守る」という考え方が、負のスパイラルの原因です

介護疲れからの「介護殺人」あるいは「無理心中」……。
お気の毒に、かわいそうに、とは思うものの、私たちは無力です。何とかして助けてあげたいのだけれども、何をどのようにアプローチすればいいのかも、わからない……。

「明日は我が身」という言葉が、頭に浮かんできます。ここまでは正しいのですが、この後に続く言葉が悪いのです。「明日は我が身。だから他者への関心を持とう」と考えるべきなのに、「明日は我が身。だから自分の身は自分で守らなければならない」などと考えてしまうのです。

この場合の「自分の身は自分で守らなければならない」という言葉は、決して「自立した人間の力強い言葉」なんかではありません。ただ単に「他者に対する無関心の言葉」であり、「すべては自己責任である」と言っているだけなのです。

私たちは、介護殺人や無理心中といった事件を知ることによって、「明日は我が身。自分の身は自分で守らなければならない」と考え、「他者に対する無関心」を強めます。そして「他者への無関心」が強まった人たちが増えることで、再び、介護殺人や無理心中といった事件が、この社会のどこかで起こることになるのです。そして、そのニュースを目にして、またまた「自分の身は自分で守らなければならない」という考えを強化してしまうのです。少しずつ確実に悪い方向に進んでいきます。まさに「負のスパイラル」に陥っているわけです。

「自分の身は自分で守る」と考えるから、誰もが貧しくなるのです

「年収1000万円あった人でさえも、介護地獄に陥ってしまう可能性がある」……。そんな話を聞くと、なおさら「自分の身は自分で守らなければならない」と考える人たちが増えます。

誰もが少しでも多く貯蓄しておかなければならないと焦ります。失業への恐怖に怯え、自分がリストラ対象にならないために、誰かの足を引っ張ってでも、会社にしがみつこうとします。上司が不正をしていることを知ったとしても、見て見ぬ振りをします。誰かが不当な扱いを受けていても、やはり見て見ぬ振りをします。当然、会社組織の利益は最大化されることはありませんので、ボーナスも下ることになります。誰も得をしないのです。

「自分の身は自分で守らなければならない」という言葉は、負のスパイラルしか生み出しません。私たちは「皆で協力し合って、皆で生きていこう!」といった言葉を、口にした方がいいのです。その方が、誰にとっても「得」なのです。

そうは言っても、現状では、私たちは自分の身は自分で守るしかなくなっていることも、事実です。だから、まずは政府が「考え方」や「言葉づかい」を変えるべきなのです。特に後者は大事です。同じ意味のことを言ったとしても、言葉づかいしだいで、世の中はまったく違った方向に進んでいくことになるからです。

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