思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

公園でお年寄りと会話をすることも、労働です

何をもってして「働いている」と言うのか?

例えば、ある人は週に5日、決まった時間帯に、ある公園の決まったベンチに座ることにしました。そのことを知った近所のお年寄りは、週に1~2回、彼のところに、20分程度のおしゃべりをしに来るようになりました。奇妙な話に聞こえるかもしれませんが、このお年寄りと会話をしている彼は「働いている」と言えるのです。

お年寄りからしてみれば、彼に会うために、公園まで歩いて来て、歩いて帰るだけでも、身体の健康を保ちやすくなります。彼とおしゃべりをすることで、心の健康も保ちやすくなります。もしも、たくさんの薬を服用しているような健康状態であるならば、飲む量を減らすことができるかもしれません。重大な病気にかかるリスクを減らすことができるかもしれません。公園のベンチに座る彼は、知らず知らずにうちに、お年寄りが「薬に頼らないで済むようにする」「重大な病気にかからないで済むようにする」といった予防的な労働」をしているわけです。

彼が公園のベンチに座らなければ、このお年寄りは家に籠り切りになって、少しずつ身体を弱らせてしまうかもしれません。誰かとおしゃべりをする機会がないために、心の病気になってしまうかもしれません。もしも、薬を飲んでいるようであれば、どんどん飲む量が増えていってしまうかもしれません。取り返しのつかない重大な病気を抱えることになるかもしれません。このお年寄りは「薬を処方してもらう」「病気を治してもらう」といった「治療的な労働」のお世話にならざるをえなくなるのです。

「新しい労働の概念」が必要です

「治療的な労働」も「予防的な労働」も、両方とも大事です。しかし、後者の方が大事なのです。「治療」は「予防」よりも辛く苦しいことが多く、お金だって余計にかかります。国の医療費のことを考えてみても「予防的な労働」の方が、はるかに重要だと言えます。

積極的に何かをしたり、何かを増やしたり、何かを作ったりすることだけを「生産」だと考えるべきではありません。医療費を「使わないで済むようにする」ことも「生産」なのです。また「賃金」が発生することだけを「労働」であると考えるべきではありません。

これまでの労働の概念に縛られていては、私たちは幸せにはなれません。私たちには「新しい労働の概念」が必要なのではないでしょうか?

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