思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

女性が活躍できる社会よりも、再就職が容易な社会を目指す

「女性が活躍できる社会」自体は賛成ですが……

私は「女性の社会進出」には賛成です。
これまで女性には、活躍するチャンスがあまり与えられてきませんでした。女性たちはずっと我慢してきました。そんな女性たちに、やっとチャンスが到来したわけですから、これは喜ぶべきことです。男性と女性とが、それぞれの持ち味を活かすことができるようになれば、社会はより豊かになることでしょう。「育児」に関する反対意見は出てくるでしょうが、それはどのように調整するか、という話であって、解決不可能な問題ではないと思っています。

しかしながら「女性が活躍することができる社会」といったスローガンを掲げるのは、何か違うような気がします。女性たちがずっと我慢をしてきたという反動から、このようなスローガンになってしまった、ということは十分に理解しているつもりなのですが、違和感を覚えるのです。「女性の活躍」は大事なことですが、「女性の活躍」という言葉に踊らされはしないかと、不安な気持ちになるのです。

そもそも、女性たちは、本当に働きたいのですか?

結婚後、出産後も仕事を続けたいと思っている女性は多いようです。しかし、これはどういう意味において、仕事を続けたいと思っているのでしょうか?「積極的な理由」からでしょうか? それとも「消極的な理由」からでしょうか?

「積極的な理由」から仕事を続けたい、と思っている女性たちは、たくさんいるでしょう。
「これまでどおりバリバリ働きたい」
「これまでに築いてきたキャリアを無駄にしたくないから働きたい」
「社会貢献がしたい(社会とのつながりが欲しい)から働きたい」

「消極的な理由」から仕事を続けたい、と思っている女性たちも、たくさんいるでしょう。
「夫の稼ぎだけでは生活が苦しいから働きたい」
「老後の資金を少しでも貯めておきたいから働きたい」
「夫に先立たれたときに、再就職できなくては困るから、仕事の経験とスキルを積んでおきたい」
「将来、夫と離婚するつもりだから働いておきたい」

私の勝手な想像ですが、どちらかと言えば「積極的な理由」からではなく「消極的な理由」から仕事を続けたい、と思っている女性たちの方が多いのではないでしょうか? つまり「本当は働きたくない」という女性たちの方が多いと思うのです。

彼女たちのことを悪く言っているわけではありません。「本当は働きたくはないが、働かなければ生活が苦しくなる。だから働きたい」といった女性たちのことを、「働きたい女性」としてカウントしてしまうと、話がややこしくなり、世の中がおかしな方向に進んでしまうことになりますよ、と言っているのです。

「女性の活躍」という言葉に惑わされてはいけません

「仕事が好きで好きでたまらないから働きたい」という女性たちは、どんどん働けばいいと思います。しかし「消極的な理由から働かなければならない」という女性たちがたくさんいるというのであれば、働かなくても済む方法も模索すべきです。

「老後が不安だから、少しでも(使うか使わないかも、わからない)貯蓄を殖やしておくために働きたい」という女性たちが多いようであれば、無理に働かなくてもよい「老後への不安がない社会」を作る方向で考えるべきです。

「いざというときに再就職ができなくては困るから(今現在は生活に困ってはいないけれども)経験やスキルを積んでおくために働きたい」という女性たちが多いようであれば、無理をしてまで働かずに済む「何歳になっても、経験やスキルに関係なく、再就職が容易な社会」を作る方向で考えるべきです。

老後が不安だからという理由で、子どもを保育園に預けてまで働かなければならない社会は、どこか変です。再就職ができるかどうか不安だからという理由で、「明日の食べるものがあるかどうかもわからない」といったギリギリの生活をしている人たちを押しのけてまで、仕事にしがみつかなければならない社会は、間違っています。

「だったら、男性ばかりが活躍できて、女性はみんな我慢しろというのか!」とお叱りを受けそうですが、もちろん、そんなことは思っていません。「女性の活躍」といった耳障りのいい言葉に惑わされてはいけない、ということです。仮に「男性の活躍」といった言葉があったとしても、やはり惑わされてはいけないのです。

「働く=正しい」とか「働く=格好いい」といったことは、何の根拠もない、ただの刷り込みでしかありません。政府は、やみくもに「女性の活躍」を煽るのではなく、「老後への不安がない社会」「何歳になっても、経験やスキルに関係なく、再就職が容易な社会」を作る方向で、政策を打ち出すべきです。

男性が活躍しようが、女性が活躍しようが、構いません。
あるいは、男性も女性も、どちらも活躍できなかったとしても、問題ありません。
私たちに必要なのは、男性女性を問わず、誰もが安心して生きていける社会なのです。

「再就職が容易な社会」を作りましょう

例えるならば「18歳の男性でも、80歳の女性でも、経験やスキルに関係なく、再就職が容易な社会」を目指すべきです。

まずはベーシックインカムを導入して、失業への恐怖をなくします。失業への恐怖がなくなれば、多くの人たちは自分の仕事を囲い込む必要がなくなります。誰もが安心して自分の仕事の「仕組み化」「マニュアル化」をすることができるようになります。これまでは「その人にしかできない仕事」だったものが「誰にでもできる仕事」に変わっていきます。

あるいは「誰にでもできる仕事化」が難しい業務もあります。しかし、その業務の10割すべては無理かもしれませんが、8~9割くらいであれば「誰にでもできる仕事化」は十分可能なので、できる範囲で業務改善を徹底します。

「誰にでもできる仕事化」が進めば、それだけ品質やサービスが一定に保たれやすくなるので、消費者の安心安全も保たれやすくなります。

世の中に「誰にでもできる仕事」が増えれば増えるほど、再就職が容易な社会となります。「老後が不安だから、少しでも(使うか使わないかも、わからない)貯蓄を殖やしておくために働く」必要はなくなり、「いざというときに再就職ができなくては困るから(今現在は生活に困ってはいないけれども)経験やスキルを積んでおくために働く」必要もなくなります。

今の社会はまったく逆です。
誰もが失業への恐怖に怯え、あえて「仕組み化」「マニュアル化」「誰にでもできる仕事化」を進めずに、自分の仕事を「自分にしかできない仕事」として囲い込んでいます。そのことによって、たしかに失業するリスクを減らすことには成功しているのですが、皮肉なことに、他でもないそのことによって、再就職が難しい社会になってしまっているのです。しかも「誰にでもできる仕事化」が進んでいないために、品質やサービスを一定に保つことも難しく、消費者の安心安全もなくなってきているのです。

そして「使うか使わないかもわからない老後資金を貯めるため」に働かざるを得なくなり、「今現在は生活に困っていないけれども、再就職ができなくなってしまっては困るので、経験やスキルを積んでおくため」に働かざるを得なくなり、「明日の食べるものがあるかどうかもわからない人たち」から、どんどん仕事を奪っているのです。

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