思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

待機児童問題は、ベーシックインカムで解決する

待機児童問題とは?

待機児童問題とは、保育園に子どもの入園を申し込んでも、定員数などの関係で、入園することができない子どもたちがいる、という社会問題のことです。

景気も悪く、夫のボーナスも大幅にカットされてしまった。妻である自分も働きに出て、家計を支えなければならない。それなのに、子どもを保育園に入園させることができなかったために、働きに出られない……。

待機児童問題は、こういった「奥様方が働きに出られない」という問題と、リンクしています。

待機児童がいることは、実は問題ではありません

待機児童問題は、実は表面的な問題に過ぎません。

もっとシンプルに「家計が苦しいこと」「老後が不安であること」が問題なのです。

子どもが保育園に入れたとしても、家計が苦しければ、問題です。子どもが保育園に入れなかったとしても、家計が苦しくなければ、問題ではありません。待機児童がいることを問題として捉えるべきではないのです。

仮に、待機児童がゼロになったとしても、今度はいざ働こうにも仕事が見つからずに、仕事にあぶれる奥様方が出てくることが予想されます。そして誰もが、このようなことを言うようになるでしょう。

「せっかく子どもを保育園に預けることができたというのに、仕事がない! 政府は何をやっているんだ!」

待機児童ゼロを目指して一致団結していた人たちの中にも格差が生まれ、お互いに、いがみ合うことになるかもしれないのです。

利益の最大化ができていないことが問題なのです

女性たちが外で働きたい理由は様々だと思います。
ここでは「夫のボーナスが下ってしまった。だから自分も働きに出て家計を支えたい」という方々が多いという前提で、話を進めたいと思います。

なぜ、夫のボーナスは下がってしまうのでしょうか?「景気が悪いから」というのも、もちろんありますが、実はもっと深刻な問題が隠されているのではないでしょうか? 夫たちが「あえて」会社の利益を最大化させることができないような働き方をしているから、ボーナスが下っている、ということは考えられないでしょうか?

私たちが暮らしている社会は「働かなければ生きていけない社会」です。夫たちは「失業への恐怖」を抱えながら働いています。そのために夫たちは、会社の利益を上げることよりも、自分の立場を守ることを優先して、働かざるを得なくなっています。

ズバリ言ってしまうと「自分の生き残りを優先させるためであれば、誰かの足を引っ張ることさえも平気でやってのける。そのことによって、たとえ会社の利益を下げることになったとしても構わない」といった夫たちが多いために、会社の利益を上げることができずに、ボーナスを下げることになっているのです。家では優しい旦那さん、子どもに優しいパパさんであったとしても、例外ではありません。

そこへきて、奥様方が「夫のボーナスには期待できないので、自分も働いて家計を支えようか?」と考えるわけです。ここが思考停止ポイントです。夫たちが会社の利益を最大化させるような働き方をしてさえいれば、奥様方は働きに出なくても済むかもしれないのです。

ベーシックインカムが導入されれば、子どもを預けてまで働きに出る必要はなくなります

ベーシックインカムが導入されれば、「働かなくても生きていける社会」になります。私たち(夫たち)は「失業への恐怖」から解放されます。自分の立場を守るための「不毛な競争」をする者は減り、会社の利益を最大化させるための「生産的な協力」をする者が増えます。夫のボーナスが下ることがなければ、奥様方は働きに出ずに済み、育児に専念することができるようになります。

待機児童問題は「問題の取り違え」です

本当の問題は、「夫の会社の利益の最大化ができていないために、家計が苦しくなって、奥様方が働きに出ざるを得なくなっていること」です。それがいつの間にやら、「子どもが保育園に入れないせいで、働きに出ることができない! 待機児童がいることは問題だ!」という話にすり替わっているのです。

私たちが焦点を合わせなければならないのは、「いかにして会社組織の利益の最大化、ひいては社会全体の利益を最大化させて、どのように分配するか?」ということなのです。そのためには、まず、ベーシックインカムを導入して「失業への恐怖」を取り払う必要があるのです。

私たちは、「待機児童をゼロにして、女性が働きに出られる社会にしろ!」と叫ぶのではなく、「ベーシックインカムを導入して、社会全体の利益が最大化されやすくして、女性が働きに出なくても済む、育児に専念できる社会にしろ!」と叫んだ方がいいのです。

(※私は女性の社会参加に反対しているわけではありません)

子どもが小さいのは、小さいときだけ

子どもが小さいのは、小さいときだけです。子どもを預けてまで働きに出るなんて、もったいないです。子どもは母親を必要としています。もちろん、女の人に育児のすべてを押し付けてもいい、なんてことは思っていません。けれども、母親はやっぱりすごいのです。

仕事が好きで好きでたまらない、という女性の方々は、どんどん働いてください。大歓迎です。ただできるだけ「子どもを預けて、働くことができる社会」ではなく、「再就職が容易で、子どもが小さいときには、育児に専念することができる社会」を目指してほしいと思っています。

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