思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

ベーシックインカムがあれば、ニートの社会参加にも期待できる

ニートだって誰かの役に立ちたいと思っています

ベーシックインカムが導入されれば、ニートと呼ばれる人たちが、増えるのではないか?」という意見があります。反対に、「ベーシックインカムが導入されることで、ニートと呼ばれる人たちが、働くようになるのではないか?」という意見もあります。私は、後者の立場をとっています。

そもそも私たちは(ニートの人も、ニートではない人も)、働くこと自体が嫌いなわけではありません。それどころか、仕事やボランティア活動を通して「誰かの役に立ちたい」と思っているくらいです。私たちが嫌いなのは「職場のギスギスとした人間関係」や「長時間労働」なのです。

ベーシックインカムが導入されて、失業への恐怖や老後への不安がなくなれば、職場のギスギスとした人間関係も、今よりはずっと穏やかなものに変わることでしょう。業務改善が進み、長時間労働は短時間労働になり、重労働は軽労働へと変わっていくことでしょう。

やがては、例えば「週に4日間だけ、1日に3時間だけ働く」ということも可能になるかと思います。もし、そのような社会になれば、ニートと呼ばれる人たちの中にも、「1日3時間くらいなら、仕事なりボランティアなりでも、してみようか……」と思う人が、出てくるはずです。

無理に人とかかわる必要はありません

「人と、かかわり合いたくない。けれども、少しくらいは世の中の役に立ちたい」というのであれば、「1日30分だけ町内のゴミ拾いをする」というのでもいいと思います。誰かと一緒に行動をともにしたり、言葉を交わしたりすることだけが、コミュニケーションではありません。たったひとりで町内のゴミ拾いを、ほんの少しだけ、やる。それも立派なコミュニケーションであり社会貢献です。毎日ゴミ拾いを続けているうちに、誰かが声をかけてくれて、そのことがきっかけで、他の社会活動にも参加するようになるかもしれません。

「コミュニケーション何て取らなくてもいいや!」と割り切っていたら、いつの間にかコミュニケーションが取れていた、ということがあっても、いいと思うのです。今の世の中には、そういった「寛容さ」が、あまりにも欠けているように思います。「コミュニケーションは、積極的に取るべきである!」という風潮が強すぎるのです。

そもそもニートは問題ではありません

失業の恐怖に怯え、仕事を奪い合って、誰かを蹴落として、自分の仕事がなくならないように、あえて非効率的な働き方をして、社会全体の利益を妨げて、個々人への分配を減らして、貧困層を作っておきながら、「俺たちは真面目に働いているというのに、ニートの奴らは本当にけしからん!」などと、いい大人たちが真顔で言っています。

こんな無茶苦茶な話はありません。

ニートの問題は、枝葉に過ぎません。「働かなければ生きていけない社会」という前提が、すべてを狂わせているのです。

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