思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

ベーシックインカムと「働かない人」に対する不公平感の正体

「働かない人」に対する不公平感は「錯覚」あるいは「幻想」です

「いかなる理由があろうとも、『働く人』と『働かない人』が出てくることは、不公平だ!」

ベーシックインカムに関する議論をすると、必ずこのようなことを言う人が出てきます。けれども、少し冷静に考えてほしいのです。誤解を怖れずに言うならば、このような不公平感は、実は「錯覚」あるいは「幻想」に過ぎないのです。

「働かない人」に対する不公平感の正体

「朝から晩までかけて、100キログラムくらいの荷物100個を運ぶ仕事」をしながら生活している人たちがいるとします。一方で「働かずに生活している人たち」がいます。荷物を運ぶ仕事をしている人たちは、働かずに生活している人たちに向かって、このようなことを言うでしょう。「こっちは一生懸命がんばっているというのに、何もせずにのほほんと暮らしてるんじゃないよ!」……。まあ、不公平感を抱くのも当然だと思います。

それでは、徹底的に業務改善をしてみましょう。
「ボタン」をひとつ作りました。このボタンを1回押すだけで、100キログラムくらいの荷物100個が、たったの1秒で、自動的に運ばれます。それだけで仕事は終了です。このボタンを押す仕事をしている人たちは、働かずに生活している人たちに向かって、どのようなことを言うでしょうか?「こっちは毎日1回だけボタンを押しているというのに、何もせずにのほほんと暮らしてるんじゃないよ!」……なんてことは、まず言わないでしょう。特段、不公平だとは思わないはずです。

前者には不公平感がありましたが、後者には不公平感はありませんでした。
なぜでしょうか? 少し整理して考えてみましょう。

私たちは「非効率的な労働」「長時間労働」「重労働」が嫌いです。
私たちは、これらを改善する努力をしなければなりません。

「非効率的な労働」から「効率的な労働」へ。
「長時間労働」から「短時間労働」へ。
「重労働」から「軽労働」へ。

しかしこれが、なかなかうまくいきません。うまくいかなければ「非効率的な労働」「長時間労働」「重労働」を受け入れざるを得なくなります。この先がポイントです。私たちは、「非効率的な労働」「長時間労働」「重労働」を受け入れざるを得ないという不満を、「こっちは一生懸命がんばっているというのに、何もせずにのほほんと暮らしている奴らがいるなんて、許せない!」といった不満に、すり替えてしまうのです。

こういった理由から、働く人と働かない人が出てくることに対する不公平感は、「錯覚」あるいは「幻想」であると言えるのです。「非効率的な労働」「長時間労働」「重労働」を改善してやりさえすれば、不公平感なんてものは、きれいさっぱり消えてしまうのです。

「他者承認欲求」の現れとも言えます

「仕事をしていない人たちはズルい!」などと他人を責めるのは、実は「仕事をしていない人たちがいるというのに、自分はこんなにも頑張っているんだ! そんな自分を認めてくれ!」という「他者承認欲求」の現れに過ぎません。本当は、働いていない人たちに対する不平不満なんて微塵もないのです。頑張っている自分を認めて欲しいがために、「働いている人たちがいるというのに、働いていない人たちがいるなんてことは、おかしい!」という論理を、わざわざ持ち出してきているだけなのです。

他者承認欲求を持ってしまうことは、人間である以上、仕方のないことです。しかし場合によっては、この欲求は本当にひどい形で、現実社会に姿を現すことになるので、注意が必要です。例えば「人手不足であることにもめげずに、それでも頑張っている自分」を演出したいがために、あえて誰かに難癖をつけて離職させてしまう、といったような非人間的なことさえも、私たちは「無意識」のうちにやってしまえるのです。

ベーシックインカムを導入した方が、不公平感はなくなります

「働かなければ生きていけない社会」を良しとするから、不公平感が生じるのです。私たちは、「失業への恐怖」や「老後への不安」を抱えながら生きていくこととなり、自分の仕事がなくなってしまわないように、あえて非効率的な働き方をせざるを得なくなります。そして、あえて非効率的な働き方をしているにもかかわらず、少しでも自分よりも楽な仕事をしている人を見つけると、「自分はこんなに頑張っているというのに、アイツは楽ばかりしやがって!」などと不平不満を口にするのです。「自作自演」とは、まさにこのことです。

不公平感を作っているのは、他ならぬ「私たち自身」なのです。

ベーシックインカムを導入して、「働かなくても生きていける社会」にしてしまえば、不公平感はなくなります。私たちは、「失業への恐怖」や「老後への不安」から解放され、自分の仕事を守る必要がなくなることで、どんどん業務改善を進めて、どんどん効率的な働き方ができるようになります。効率的な働き方ができるようになれば、仕事への不満がなくなるので、したがって「仕事への不満」が「働いていない人たちへの不満」にすり替わってしまうようなことも、なくなります。

私たちの「他者承認欲求を満たしたい」という気持ちは影をひそめ、「自分も他人も全員で幸せになろう」と考えられるようになり、不公平感が入り込む余地がなくなるのです。

「飢餓貧困一掃ボタン」を作りましょう

パソコンのディスプレイに「飢餓貧困一掃ボタン」があるとします。このボタンをクリックするだけで、世界中の飢餓や貧困はなくなります。あなたはこれをクリックしました。世界中から飢餓や貧困はなくなりました。「飢餓や貧困をなくすことに貢献しなかった奴らはズルい! 頑張ったのは私ひとりだけだ! 不公平だ!」なんてことを、あなたは絶対に思わないはずです。

さすがに、ボタンをワンクリックするだけ、とまではいきませんが、みんなで知恵を出し合って、助け合えば、少しでも「飢餓貧困一掃ボタン」に近い働き方ができるようになるのではないでしょうか?

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