思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

「無理ゲー」社会であるならば、ゲームのルールを変えてやるしかない

「無理ゲー」であることを認めましょう

プログラミングによって社内システムを構築し、人員を2~3人減らすことができて(リストラすることができて)、上司から評価された、といったことを成功体験として語る人たちがいます。こういった話を耳にすると、複雑な気持ちになります。

辞めさせられた人たちにも、生活や家族があるわけですから、リストラしたことを自慢げに語るのは、どうかしています。だからといって、従業員の雇用を守るために、無駄で非効率的な働き方をさせておくわけにはいかない、ということもまた、事実なのです。

さらに悩ましいことには、社内システムを作った従業員が、他従業員をリストラするくらいの非情さを見せつけなければ、逆に彼の方が会社を追われることになっていたかもしれない、ということです。何といっても、人員を削減することができるシステムを作ったわけですから、他従業員たちからすれば、彼のことは脅威でしかないのです。恐怖に怯えた彼らは、自分が生き残るためであれば、(決して大袈裟な話ではなく)本当に何だってするものです。

私たちは、同じ会社内で、本来なら力を合わせていかなければならない仲間同士で、いがみ合い、奪い合っているのです。本当に残念に思います。けれども「誰が正しくて、誰が間違っているか」などと言っている間は、何も解決することはできないのです。

まずは、社会構造が「無理ゲー」になっていることを、認めましょう。

ゲームのルールを変えましょう

「ゲームのルール」が悪いのであれば、「ゲームのルール」を変えてやればいい。

ベーシックインカムを導入して、「失業率」を「労働解放率(労働不要率)」と呼ぶようにすればいいのです。

現在のような「働かなければ生きていけない社会」において人員を減らすということは、「職を失った人たちを増やす」ということです。けれども、ベーシックインカムが導入された「働かなくても生きていける社会」において人員を減らすということは、「労働から解放された人たちを増やす」ということになるのです。(※「生産性が向上すればするほど、失業しやすくなる」を参照してください)

「誰もが働いて生きていくべきである」と考えるから、誰もが苦しむことになるのです。私たちは「できるだけ多くの人たちが働かずに生きていけるようにしよう」と考えて、無駄な働き方をどんどん減らしていき、無駄な人員をがんがん減らしていく(労働から解放していく)という作業をすべきなのです。

「誰もが幸せになれるシステム」を持続させられるかどうかは、私たち次第です

さて、そういった社会的な取り組みは重要ですが、私たちは多少なりとも、反省すべきだと思います。私たちは「自分の生き残り」ばかりを考えるようになり、他人の痛みがわからなくなっています。

誰もが「自分の生き残り」を考えるから、誰もが幸せになれないのです。
誰もが「全員の幸せ」を考えるようになれば、誰もが幸せになれるのです。

このことがわかっていなければ、どんなに優れた社会システムも、一夜にして崩れ去ることになるでしょう。新しい社会システムを持続させられるかどうかは、私たちの心の在り方次第なのです。

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