思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

我慢をすることは、仕事ではなく、美徳でもなく、自慢にもならない

サービス残業を我慢してすることは美徳ではありません

サービス残業をせざるを得ないほどの仕事量を与えられている方々のことは、気の毒に思います。サービス残業をしてでも会社への忠誠心を示さなければならないという方々のことも、気の毒に思います。

しかし理由はどうであれ、サービス残業を我慢してすること」「美徳」である、と考えることだけは、やめるべきです。サービス残業をしているという事実は、つまりは非効率的な働き方をしている結果なのですから、「悪徳」でしかありません。

サービス残業をしなくても済むような工夫を凝らすことが「美徳」なのです。あるいは「我慢をしなくても済む方法を考えること」が「美徳」なのです。

それにもかかわらず、工夫を凝らして、サービス残業をせずに定時で退社できるようにした人が、白い目で見られるのですから、おかしな世の中です。

セクハラを我慢することは美徳ではありません

ある職場では言葉によるセクハラが横行しています。女性社員たちは、我慢に我慢を重ねています。あるとき、入社して間もない女性社員が、言葉によるセクハラを受けました。彼女は大声で「仕事に関係のない話はやめてください!」と叫びました。このことで、他女性社員たちも、さぞ喜んだであろう、と私たちは考えがちですが、実際はそうでもなかったりします。

他女性社員たちは、彼女にこう詰め寄ります。「私たちは、もっとひどいセクハラを我慢してきたのよ! あなたの受けたセクハラなんて、セクハラのうちに入らないんだから! 新人のクセに偉そうにしてんじゃないわよ!」

せっかくのセクハラ撲滅の機会を、他ならぬ女性社員たち自らが、潰してしまうのです。不思議な世の中です。

我慢をしないことが、品質やサービスの向上につながります

「我慢をすることも仕事のうち」というのは、本当だと思います。しかし、我慢することを肯定してしまうと、様々な誤解が生じてしまいますので、できるだけ肯定しない方がいいかと思います。

例えば、お客様からクレームを受けたとします。いかに筋違いな内容であったとしても、やはり我慢して、話を伺わなければなりません。しかし、本当に大事なのは、二度と同じようなクレームが発生しないような対策をすることです。同じクレームが発生しなければ、「我慢をする機会」が減ります。逆に考えてみると、「従業員が我慢をしなければならない機会を減らすこと」が「お客様の満足」につながる、ということでもあるのです。

つまり、我慢をする機会が少なければ少ないほど、一流の仕事をしている、ということになります。我慢をする機会が多ければ多いほど、三流の仕事をしている、ということになります。別の言い方をすれば、「どうすれば我慢をしなくても済むか?」と考えることが、品質やサービスを向上させることにつながる、ということです。

我慢をしないことは、お客様にとっても、従業員にとっても、メリットとなるのです。

我慢をすることは「悪徳」です

我慢をしている状況というのは、「知恵や工夫がなく」「非効率的で」「お客様にとっても有益とはならない仕事の仕方をしている」、ということに他なりません。それにもかかわらず、私たちは我慢をすることを「美徳」であると考えています。これが何とも性質が悪いのです。

後輩社員を教育するときに、「みんな我慢しているのだから、お前も我慢しろ!」と怒鳴りつける人もいれば、「我慢をすることも仕事のうちなんだよ……」と優しく諭そうとする人もいます。どちらが良くてどちらが悪いか、という話ではありません。両方とも同じくらいに、悪いのです。いずれにしても、結局のところ、「知恵や工夫がなく」「非効率的で」「お客様にとっても有益とはならない仕事の仕方」を、後の人たちに引き継がせようとしているのに過ぎないからです。

我慢をすることは、「美徳」ではなく「悪徳」です。後の人たちに、正しくない仕事の仕方を押しつけて、しかもそのことに気づいてさえいないのですから、どうしようもなく、性質が悪いのです。

いい加減に、「自分も我慢してきたのだから、お前も我慢しろ!」といった不毛な「我慢の無限ループ」は、やめにしたいものです。我慢をしていても、会社は成長しません。それどころか少しずつ確実に、業績を下げていくことになります。現状維持ができているとしたなら、それは「現状維持ができているかのように見えているだけ」で、実は見えないところで、病は進行しています。「我慢の無限ループ」は、いつか会社を深刻な状況や、あるいは倒産に追い込むことになります。

水掛け論にならないように

「美徳」であるか「悪徳」であるかは、状況によります。
問題解決のためには「我慢をした方がいい」というのであれば、我慢をすることは「美徳」です。問題解決のためには「我慢をしない方がいい」というのであれば、我慢をすることは「悪徳」です。ただ、それだけのことです。

私たちには、幼い頃からの刷り込みによって、ほとんど無条件で、「我慢をすることは美徳である」と決めつけてしまう傾向があります。だから、このような傾向には十分注意をして、柔軟に考えましょう、ということです。

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