思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

「みんなで幸せになる」という考え方ができない現代人

べーシックインカムは、そんなにも許せないものですか?

ベーシックインカムに対する反論に、「これまで頑張って働いてきた人たちの立場はどうなるんだ!」というものがあります。

「しんどい仕事だが頑張ってきた。嫌な上司にも我慢して頭を下げてきた。それなのにベーシックインカムなんかが導入されたとして、これまで頑張ってこなかった人たちにばかり恩恵があるなんて、そんな馬鹿な話を許すわけにはいかない!」というように憤る気持ちもわかります。たしかに、ベーシックインカムを導入するにしても、これまで社会貢献をしてきた人たちに対しては、何らかの優遇処置が必要だと思います。

けれども、優遇処置の話はさておき、何か悲しくありませんか? 
「ベーシックインカムを導入することで、すべての人たちが幸せになれるのだとすれば、一度きちんと考えてみる必要がありそうだね!」あるいは「これまで頑張ってきた自分の立場はどうなるんだ、という想いもあるけれども、みんなで幸せになれるのであれば、検討してみる必要がありそうだね!」といった愛に満ちた言葉ではなく、ただただ「これまで頑張ってきた自分の立場はどうなるんだ!」といった不平不満のみの言葉が、第一声で出てくるのですから。

私は、不平不満のみの言葉が条件反射的に出てくることは、「現代の病」だと考えています。もちろん人間ですから、多少の不平不満が出てくることは仕方のないことでしょう。しかし、そんなにも許せないものでもないはずです。

みなさんは「何のため」に頑張ってきた人ですか?

これは私の直観です。

あるシングルマザーは、生活が苦しいながらも、自分と自分の家族のためだけでなく、会社組織全体のことや、上司や同僚や後輩のことも考えて、頑張ってきました。仮に、ベーシックインカムが導入されることになったとしたら、彼女は「ベーシックインカム? みんなが幸せになれるのだったら大賛成だよ!」と言うと思います。

あるシングルマザーは、生活が苦しく、自分と自分の家族のためだけを考えて、給料さえ貰えればそれでよく、会社組織全体のことはどうでもよく、力のある上司におもねり、自分と考え方が似ている同僚や後輩とだけ仲良くし、自分にとって脅威・障害となる人が現れれば排除して、頑張ってきました。仮に、ベーシックインカムが導入されることになったとしたら、彼女は「ベーシックインカム? ふざけんじゃないよ! 私がどれだけ頑張ってきたと思ってんだよ!」と言うと思います。

「頑張る」にもいろいろあるのです。
「みんなで幸せになるため」に頑張ってきた人ほど、不平不満を口にしないものです。「自分や自分の家族の幸せのため」あるいは「自分と仲の良い人たちの幸せのため(=結局は自分のため)」だけに頑張ってきた人ほど、不平不満を口にするものです。

みなさんは「何のため」に頑張ってきた人ですか?

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