思考再開

自分さえ良ければ社会から、助け合い・共存共栄社会へ

生活保護受給者を叩いても、労働者の賃金が上がるわけではない

「生活保護費が高すぎる」などと憤ってみても、自分の給料が上がるわけではない

「生活保護の支給額が高すぎる! 安い給料でも我慢して働いている自分たちが馬鹿みたいじゃないか! 支給額を引き下げるべきだ!」……。このような言葉を耳にすることがあります。たしかに、そういった一面もあるかもしれません。頑張っている人たちが報われない社会は、悲しいですから。でも、ちょっと待ってください。何かおかしくはありませんか?

どうせなら、自分たちが勤めている会社の経営者や幹部たちに、こう言えばいいのです。「給料が安すぎます! せめて会社の業績が良かったときくらいは、もっとボーナスを弾んでください!」と。

「生活保護の支給額が高すぎる」わけではありません。「労働者の賃金が安すぎる」のです。

生活保護費を引き下げたとしても、自分たちが勤めている会社の給料やボーナスが上がるわけではないのです。そんなことをしても、誰も幸せにはなれません。

「生活保護受給者たちは甘えている」などと憤ってみても、サービス残業がなくなるわけではない

「こっちは家族のために、サービス残業だって我慢してやっているんだ! 生活保護受給者たちは甘えている!」……。このような言葉を耳にすることがあります。気持ちはわからないでもありません。でも、ちょっと待ってください。何かおかしくはありませんか?

サービス残業をしたくないのであれば、サービス残業をしないでも済むような、工夫・改善をすればいいのです。やれることをすべてやって、それでもサービス残業がなくならないのであれば、経営者や幹部たちに、当然の権利として残業代を求めればいいのです。

「生活保護受給者たちは甘えている!」などと憤ったところで、サービス残業がなくなることはないのです。会社側からすれば、願ったり叶ったりです。労働者の怒りの矛先が、会社にではなく、生活保護受給者に向いてくれるおかげで、安心して給料やボーナスを据え置くことができるのですから。

真面目に働いている人が馬鹿を見る?

「真面目に働いている人が馬鹿を見る社会」は、断固として拒否すべきです。しかし「真面目に働いている人」とは、いったいどのような人たちのことを指して言っているのでしょうか? たしかに世の中には「真面目に働いている人」がいるでしょう。けれども私の感覚では、少なくとも私のまわりには「真面目に働いている人」なんて、ほとんどいません。

多くの人たちが「自分の手柄」や「自分の保身」に、エネルギーを費やしています。彼らには「みんなで協力し合って会社の利益を上げて、みんなで分配して、みんなで幸せになろう!」といった発想や知恵がありません。自分や自分が属するグループ以外の誰かが成果を上げそうになれば、「前例がない」「この業界では、そのようなやり方はしない」などと即座に邪魔をします。「会社全体の利益とその分配(=みんなの幸せ)」よりも「自分や自分が属するグループの手柄や立場」の方が大事なのです。

そしてそういった職場の現状を知りながら、見て見ぬ振りをする人たちもいます。彼らは「自分は何も悪くない。私は足の引っ張り合いになど参加していない。私は私の職務をこなしている。私は模範的で真面目な従業員だ」というふうに、自分のことを評価します。しかし実際は、自分を守るために「ことなかれ主義」に陥っているだけなのです。

「自分の手柄」や「自分の保身」のために働いている人たちも、「ことなかれ主義」で働いている人たちも、揃いも揃ってこんなことを口にします。「俺たちは安い給料にもかかわらず、こんなにも『会社のため(=みんなのため)』に頑張っているというのに、生活保護受給者たちは本当にけしからん!」

いったいどこに「真面目に働いている人」がいるというのでしょうか? 
生活保護受給者を叩く暇があるなら、「会社の利益を上げることができずに、一人ひとりへの分配が少なくなってしまっているという、自分たちの『不真面目な働き方』」を見直すべきです。生活保護受給者がいることと、私たちの給料が少ないこととの間に、因果関係は全くないのです。

生活保護受給者が羨ましい?

「生活保護受給者が羨ましい!」などと言う人たちがいますが、とんでもない話です。彼らは決して、のうのうと暮らしているわけではありません。ケースワーカーによる「事前連絡なしの家庭訪問」や「ご近所さんへの聞き込み調査」、そして「陰湿なイジメ」……。精神が崩壊してしまうギリギリのところで生きている、と言っても言い過ぎではないと思います。彼らの多くは、一日でも早く生活保護から抜け出したいと必死なのです。

たしかに、中にはふてぶてしい態度をとる生活保護受給者もいるでしょう。しかしそれだって(意識的か無意識的かにかかわらず)心が壊れないようにするための自己防衛手段かもしれないのです。「一日でも早く就職したい……でも新しい職場に入れば、生活保護を受けていたということで白い目で見られる……どうすればいいのか、わからない……今すぐこの世から消えてしまいたい……」。そのような気持ちの裏返しとして、ふてぶてしい態度をとってしまうのではないでしょうか?

生活保護受給者を二重三重に傷つけている私たち

椅子取りゲームのような世の中です。能力が高い人が椅子に座ることができて、能力が低い人が椅子に座ることができない、とは限りません。能力が高い人ほど他人から脅威として扱われるので、椅子に座れないように仕向けられることもあります。能力が低い人ほど他人からノーマークとして扱われるので、椅子に座りやすいということもあります。そして、何よりもこう思います。不真面目で他人の痛みに無関心でいられる人ほど椅子に座りやすく、真面目で他人の痛みに無関心ではいられない人ほど椅子に座りにくい、ということもありうるのです。

椅子取りゲームなのですから、誰かが仕事に就けていないおかげで、他の誰かが仕事に就けているのだ、という言い方もできます。「生活保護受給者なんてけしからん!」などと憤るのではなく「生活保護受給者がいてくれるおかげで、自分は仕事に就けているのだ……」と感謝すべきではないでしょうか?

生産性の上がらない不真面目な働き方をしつつ、自分たちとは異なった考え方の人たちを排除して、生活保護受給者のような人たちを作っておきながら、そのうえでさらに「生活保護受給者たちは、本当に怠惰でズルイやつらだ! 私はこんなにも真面目に頑張っているというのに!」などと彼らに追い打ちをかけると同時に、自己肯定をもしている……。私たちは、よってたかって生活保護受給者たちのことを、二重三重に傷つけているのです。

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